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コラム

第8回 森内 浩幸 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・小児科学 教授

森内浩幸

キャリアのお母さんにしっかり寄り添いましょう!
 現在HTLV-1キャリアと判明した妊婦さんには、お子さんの生まれた後の栄養方法として①完全人工栄養、②凍結母乳栄養、そして③短期母乳栄養を呈示しています。母乳以外の感染経路がありますので、どの栄養方法であっても完全に母子感染を防ぐことは出来ませんが、いずれの方法でも感染が起こる確率を2-3%程度に下げることができると考えられています。
 「赤ちゃん生まれた後、どう育てますか?ミルクだけの場合でも、搾乳した母乳を一回冷凍庫で凍らせて解かして飲ませても、3か月未満に限って母乳を与えても、感染率は同じですが?」〜そう説明された女性で、3つ目の選択肢「短期母乳栄養」を選ばないことって有りえませんよね?3か月未満であっても、直接自分のおっぱいを吸って母乳を飲んで欲しいって思うのは、母親として当たり前のことですから。しかし、この説明はとんでもなく舌足らずなものだと言わざるを得ません。
 第一に、凍結母乳や短期母乳の有効性を示す研究は小規模のものであったため、十分に確かなデータとは言えません。その有効性を確かめるために、現在厚労科研・板橋班の研究が行われています。
 第二に、短期母乳の有効性を示した研究は、後ろ向き調査(短期間のみ母乳で育てた場合の感染率を同定)であって、前向き調査(短期母乳で育てることを選んだ場合の感染率を同定)ではないことです?なぜ違うんですかって?その違いは、「短期母乳を選んだ母親の全員が短期間で授乳を止めることはできる訳ではない」ということで生じます。生後2-3か月の頃は、まさに母子ともに母乳哺育が非常に軌道に乗った時期でもあります。完全母乳栄養で育った赤ちゃんは、急に哺乳びんでミルクを与えられてもそれを拒否することが度々あります。
 人工栄養に切り替えようと思っても上手く行かない・・・子どもの体重の増えが悪くなってしまった・・・事情を知らない(知られたくない)姑や周囲の人達から、無理矢理みたいに母乳からミルクに切り替えようとすることに対して非難される・・・そんな事態に陥ってしまったら、ミルクへの切替えを諦めて母乳を続けるのではないでしょうか?
 そうです。どの栄養方法にするか、母親に説明する際にはそういうデメリットを必ず伝えるとともに、短期母乳を選んだ母親から離れてはいけません。どうすれば上手にミルクに移行できるのかといった技術的なサポートに加え、様々な精神的・身体的ストレスに苛まれる母親の心理的なサポートも必要なのです。
 実際私が会ったお母さんの中にも、里帰り分娩先で産科医から「短期母乳」を勧められ、長崎に戻ってからどうしても母乳を止めることが出来ないまま一人悩み、ズルズルと授乳期間が9か月、10か月と延びてしまい、後になって子どもがHTLV-1に感染してしまったことを知って愕然とされたという人が一人や二人ではありません。どの人も「最初から母乳を止めることがこんなに大変だと教えてくれていたら、絶対に短期母乳なんか選ばなかったのに!」と悔やみ、説明してくれなかったことに対して恨めしい気持ちを持っておられます。
 短期母乳の場合だけではありません。凍結母乳でも技術的なサポートは重要です。完全人工栄養を選んだお母さんは母乳をあげることが出来ないことで罪悪感を持っているかも知れません。だから、キャリアのお母さんを決して一人で悩ませることがないよう、しっかり寄り添って行きましょう!診断をつけ、方針を決めたらそれでお終いではないのです。

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