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コラム

第5回 岩永 正子 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科フロンティア生命科学分野 教授

スノウ

「リスクファクターと発症予防」について
HTLV-1キャリアの方々は、今後ご自分がATLやHAMになるかもしれないというご心配をかかえておられることと思います。日本では、HTLV-1キャリアからATLの生涯発症率は約5% 程度(キャリア1,000人中50人)、HAMの生涯発症率は約0.3% 程度(キャリア1000人中3人)と推定されており、どちらも発症率はさほど高くないのですが、一旦発症してしまうと難治性であるために、発症前対策が期待されています。
期待されている発症予防対策のひとつは、HTLV-1ウイルス感染細胞の増殖あるいは腫瘍化を押さえるワクチン療法です。まだまだ開発途上の段階ですが、多くの医師・研究者が日夜研究を頑張っています。もうひとつの期待される発症前対策は、どんな人がATLやHAMになりやすいのかを特定できる確実な方法の開発です。発症前指標が確定できれば、HTLV-1キャリアの方のうち「ATLやHAMになりやすい指標を持っている」グループを特定して、上記のワクチン療法を行って、発生を予防することが将来可能になるかもしれません。しかし、現時点ではATLやHAMの発症を100%確実に予測できる指標がまだ見つかっていません。こちらも、多くの医師や研究者が日夜研究を頑張っています。
がんを含め、多くの病気の発症もそうであるように、一般にたったひとつの原因のみで病気は起こりません。さまざまな危険因子(リスクファクター)が複合して発症すると考えられています。病気の発症にかかわるリスクファクターには、生まれつき持っている遺伝的素因や、性別による要因、喫煙などの生活環境要因、加齢に伴う身体的要因、などがあります。
HTLV-1キャリアからのATL発症のリスクファクターとして、これまでに、男性、加齢(50歳以上)、家族内にATL発症者がいること、HTLV-1感染細胞数あるいはHTLV-プロウイルス量が多いこと、細胞表面マーカーの異常、などが報告されています。HAM発症のリスクファクターは、女性、家族内にHAM発症者がいること、HTLV-1感染細胞数が多いこと、免疫力の低下、等が報告されています。しかしながら、これらのリスクファクターを持っているからといって、必ずしも全員がATLやHAMを発症する訳ではありません。
以上述べたことは、医師・研究者側からの発症前対策の開発状況とリスクファクターについての簡単な説明ですが、HTLV-1キャリアの皆様が他にどのような情報を必要としているかが明らかになれば、それはまた新たな研究・開発すべき課題となります。「キャリねっと」が、キャリアの皆様と医師・研究者の間でニーズの共有ができる場となれば幸いです。

※写真は、1850年代に当時の主要な感染症であったコレラに、かかる人とかからない人がいるので、その原因解明のために、初めて人々を集団レベルで生活環境を調査し、ついに感染源・感染経路を解明した、ジョン・スノウというイギリスの医師です。病気の直接の原因はコレラ菌ですが、コレラを発症した人々と発症しなかった人々の両方の集団の要因を比較して、直接の原因ではないリスクファクターを初めて導き出しました。

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