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コラム

第7回 齋藤 滋 富山大学産科婦人科 教授

齋藤滋

HTLV-1 母子感染予防事業の意義
 HTLV-1というウイルスは成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスとして、1981年京都大学の日沼 頼夫先生により同定されました。その際に判ったことは、①このウイルスの感染者の大部分は無症状で健康ですが、ごく一部にATLやHTLV-1関連脊髄症(HAM)を発病すること、②HTLV-1キャリアが九州、沖縄地区に多いこと(しかし、全国にキャリアの方はいらっしゃいます)、③HTLV-1キャリアは家族内集積があるということでした。その後、HTLV-1の感染経路として①母親から子供へ母乳を介する経路、②性交渉を介する経路、③輸血を介する経路、の3つがあることが判りました。輸血を介する感染は、現在、献血時にスクリーニングしているため皆無です。この3つの感染経路の中で、母子感染で感染した場合にのみATLが発病します。そのため、母子感染を予防することがATLという難病の撲滅につながります。
 現在、妊婦のHTLV-1スクリーニング検査は公費で行なっています。注意していただきたいのは、まず一次スクリーニングとしてHTLV-1抗体検査を行ないますが、陽性者の方は必ずウエスタンブロット法による確認検査を受けて下さい。ウエスタンブロット法で陽性となりキャリアと診断されるのは約50%であり、約40%は偽陽性であり、キャリアではありません(HTLV-1に感染していないのに、一次検査で陽性となってしまった方です。)。約10%にウエスタンブロット法が判定保留となります。このような場合、自費診療となりますが、ウイルスの遺伝子を増幅するPCR法を用い感染の有無を調べることもできます。HTLV-1キャリアの方には①完全人工乳哺育、②満3ヶ月までの短期母乳、③凍結母乳の3つの方法を選んでいただいています。完全人工栄養(粉ミルクは、これまでに多くのデータがあり最も信頼性の高い栄養法ですが、直接母乳を与えることができず、母子間の母乳哺育を介したスキンシップが出来ないデメリットがあります。3ヶ月までの短期母乳は、症例数が少ないですが、人工乳と同程度まで母子感染率を減少させるという報告があります。これは3ヶ月くらいまでは母子感染を防ぐ中和抗体が存在するためだと考えられています。直接哺乳も可能で母子間愛情形成にも役立ちますが、途中で母乳哺育を止められず長期母乳となってしまうことがあります。これは3ヶ月くらいの時期は、最も母乳が出る時期であり、赤ちゃんも母乳に慣れているため、母乳から人工乳への切り替えが難しいためです。助産師さんや保健師さんにぜひとも相談していただき、断乳をスムーズに行なうようにして下さい。凍結母乳は、一旦搾乳した母乳を母乳パックに入れ、日付と量を記載して、家庭用フリーザーに1日以上設置して凍らせた後、解凍して、37℃くらいに温めて哺乳ビンで母乳を投与する方法です。この方法も症例数は少ないですが、母子感染を減少させるという報告があります。母乳中に含まれる感染リンパ球は凍る際と、溶ける際に破壊され、感染力を失うと考えられています。本法は栄養的には母乳と同じで3ヶ月以上投与できますが、手間がかかること、搾乳を上手にやらないと母乳が出にくくなってしまい、3ヶ月位で母乳が出なくなってしまうというデメリットがあります。ぜひとも母乳管理を助産師さんや保健師さんに相談して下さい。これらの感染予防を行なうと、感染率を約18%から約3%程度まで減少させることができますが、残念ながら完全に母乳感染を0にすることはできません。
 この感染予防事業をあと30年間続けると、生まれてきた赤ちゃんからのATLの発症を0にすることができるという試算があります。日本からATLを撲滅するためにも母子感染予防事業はとても重要です。現在、大半の都道府県にHTLV-1母子感染対策協議会が設置されていますので、詳しいことは各自治体の協議会にお尋ね下さい。

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